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祖母を偲ぶ

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先日存命最後の祖父母であった母方の祖母が
2日前に他界しました。享年101歳。大往生でした。
最後は認知症を発症しておりましたが、
食事をして眠った後、いつまでも寝てるなと起こしてみたら
亡くなっていたそうです。
文字通り眠るようにそのまま亡くなったそうです。

本日は家族葬として親戚が集まりお通夜でした。
お経を上げていただいた住職さんは、
ちょうどその祖母の夫である祖父が22年前に他界した際
住職になりたての頃で、その頃からのおつきあいだったそうです。
毎年住職さんに供養していただく時に
熱心に念仏をとなえて住職さんともよくお話していたとのこと。
当時祖母は80歳手前でした。
80になってからでも20年以上のおつきあいが生まれたこと
それ自体も驚きでした。

お経を上げた後住職さんにお話をいただきました。
そこで興味深かった話が2つほど。
1つは「臨終正念(りんじゅうしょうねん)」という言葉です。
臨終は死ぬ直前のこと、正念とは心にとどめおくこと。
すなわち人は死ぬ直前にそれまでの人生が走馬灯のようにかけめぐり
そのイメージを心にとどめ、仏となるというもの。
なので死ぬ間際に幸せな気持ちでいられることが
成仏する上で大切だということを伝えたい言葉だそうです。
人として人生をまっとうするにあたり、
死ぬ直前に「自分の人生はよかった」と思えること、
それは幸せのカタチの一つではないかと思いました。
眠るように亡くなった祖母は、きっとしあわせな気持ちをもって旅立ったのでは
そんな気がします。

そしてもう一つは「忙」という字。
「いそがしい」という字ですね。
「りっしんべんに亡くなる」と書きます。
すなわち「心を失う」ということを表しているそうです。
変化の大きいこのご時世、忙しい日々に追われていることが
当たり前のようになっています。
そういう時は家族や大切な人を思いやることを忘れてしまいがちです。
今回のように大切な身内の方が亡くなることで
"忙しい親戚"が"忙しい状況"から脱却、
すなわち心を取り戻して集まってきます。
この世に遺される人たちが
一瞬でも心を取り戻して自分に帰るきっかけの一つが、
このようなお葬式なのかもしれません。
そう考えると祖母はなくなっても我々家族を見守ってくれているようです。

私は1番孫だったこともあり
特にかわいがってもらった気がします(^^)
聞いた話ではありますが、
祖母は子供の頃関東大震災に被災して
崩れた家の中に閉じ込められた経験があるそうです。
大声で助けを求めて降り掛かった木材や瓦を撤去し
奇跡的に助かったそうです。
祖母は以前「私は一度死んでるのよ」とよく言ってたらしいです。
それが見事な大往生。

私はかねてから「100歳生きるんだ!」と宣言していました。
祖母はまさしく私の見本です(^^)
笑顔で見送りました。

20170219_1.jpg
最終更新日2017-02-20
Posted byalmater

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